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最高裁判所第一小法廷 昭和35年(オ)1109号 判決 1962年5月24日

上告人 海道松三郎

被上告人 海道千代松

右補助参加人 安東勝義

主文

原判決を破棄する。

本件を仙台高等裁判所秋田支部に差戻す。

理由

上告代理人弁護士小林俊三の上告理由第四点第七点及び上告代理人弁護士加藤定蔵の上告理由第一点について。

原判決によれば、被上告人の父である海道由松は大正十三年三月十四日死亡したこと、由松の自筆にかかるものとして、被上告人宛の分与証明書と題する乙第一号証の書面の存することは当事者間に争なきところであり、そして、原判決は措辞明確を欠くが、挙示の証拠により乙第一号証は全文右由松の自筆にかかるものとの趣旨を認定しているものと解するを相当とする。しかし、乙第一号証を検討するに、その文面だけでは右由松から被上告人に対し財産分与の遺言をした文書とは到底認め難い。ただ、もし原判決認定のように同証が封入されていたという鼠色の封筒があり、その表面に被上告人が四〇歳になつたら渡してくれという文詞が記載してあつたというならば、乙第一号証の文面は右封筒表面の文字と相俟つて遺言書を形成するものと認められないこともないであろう。然るに、原判決によれば、乙第一号証は右由松の弟で昭和十六年二月一日に死亡した海道梅之助の相続人である海道一郎が、それから三年目頃に同家の金庫を整理した際に封筒に入つたままのものを発見したものであり、その封筒の表面には被上告人が四〇歳になつたら渡してくれと書いてあつたので、爾来自身の手で保管し、昭和二十七年二月十日たまたま金借のため同家を訪ねた被上告人にこれを手交したところ、被上告人は中味の文書を読んだ後に投げて了つたというのである。思うに、乙第一号証及びその封筒は、被上告人にとつては亡父の財産分与を受け得べき大事な遺言書の筈であり、一方第一審以来の被上告人の主張によれば、右封書を海道一郎から手交されたとき被上告人は亡夫由松の子を想う愛情に感激興奮したというのであるから、被上告人としてはこれを珍重して保存するを然るべき筈と考えられるに拘らず、被上告人はその封筒を投げて了つたというのであり。この浅慮さ、他に納得するに足る説明のない限り容易に首肯し難いところである。そして乙第一号証を封筒のまま、前示によつて明らかなように、昭和二十年頃から同二十ヒ年に至る七年間保管していた右海道一郎とすれば、右封筒の記載だけからでも、その封書が被上告人にとつて大事な文書であることを知り得たであろうから、被上告人が四〇歳に達したときは早々に被上告人に手交して然るべき筈と思われるに拘らず、たまたま被上告人が金借の為め訪れ来つた昭和二十七年二月十日(被上告人が数え年四〇歳になつてから二月を過ぎている)に手交したということも容易に納得し難いところである。一方右由松は父として被上告人が四男か五男かを間違う筈がないものと認められるに拘らず、乙第一号証には四男海道千代松殿と記載されておるところ、被上告人は実は五男であるというのであり(この点は当事者間に争いがない)、また、わが子に宛てた文書に特に四男と記載した点もその何の故なるやを解するに苦しまざるを得ないところである。

以上の諸点より考うれば、乙第一号証が真に由松の自筆にかかるものであるか否か大いに疑なきを得ない。然るに、原判決が叙上の諸点について何ら説示するところなく、判示鑑定、証言等にのみ依拠して漫然と乙第一号証全文が由松の自筆にかかるものとの趣旨を認定しているのは審理不尽、理由不備の欠点を蔵するものと言うの外はない。しかのみならず、乙第一号証の成立の日附である大正九年十月二十日及び由松の死去した大正十三年三月十四日当時施行されていた旧民法一〇六八条によれば、自筆証書による遺言は遺言者において、その全文、すなわち本文日附及び氏名を自書し、これに遺言者自身の印を押捺しなければならないことになつており、しかも上告人は第一審以来乙第一号証の海道由松名下の印影は同人自身の印顆を以て押捺されたものでないことを極力争つておるのであつて、従つてこの点を判断することは、乙第一号証が由松の自筆にかかるものであるか否かを判定する上において当然の筋道なるに拘らず、原判文によつても明らかのように、原判決は右の点について何ら言及するところがないのである。すなわち、原判決はこの点においても審理不尽、理由不備の誹を免れないものと言わざるを得ない。されば、本論旨は結局理由あるに帰し、原判決は爾余の論点につき審究するまでもなく、叙上の点において到底破棄を免れない筋合のものである。

よつて、民訴四〇七条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 入江俊郎 (裁判官 斎藤悠輔は退官したので暑名押印することができない。裁判長裁判官 下飯坂潤夫))

(上告理由省略)

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